世界初のEVタンカー「あさひ」に体験乗船した

2022年4月20日(水)から22日まで東京ビッグサイトで開催された日本最大の国際海事イベント「SEA Japan 2022」では、会場横の岸壁に世界初の電気推進タンカー「あさひ」が係留され、e5ラボ、Marindows、ソフトバンクが船上で共同出展を行いました。会期中には「あさひ」の体験乗船が開催されたので実際に乗ってみました。

世界初のEVタンカー「あさひ」

「あさひ」は電池だけで航行可能な「ピュアEVタンカー」で、旭タンカーと電気推進船のベンチャーe5ラボが開発しました。全長62.0メートル、全幅 10.3メートル、深さ4.7メートル、総トン数492トンの中型タンカーで、最大速力は10ノット。推進装置は川崎重工製で、搭載されるリチウムイオンバッテリーは3480kWh。駆動にはアジマススラスター 300kWを2基、サイドスラスター 68kWを2基搭載します。主に東京湾内での舶用燃料供給船として利用され、タンクの総容量は1277立方メートルとなります。

SEA Japan開催に合わせ、東京ビッグサイト会場脇に横づけされた

「あさひ」は一般的な内航船には見られない大胆なカラーリングも大きな特徴になっています。外観の赤は旭タンカーのブランドカラーで、船上は燃料供給船とは思えぬピンクで塗られています。またワイヤーリールなどにも積極的に明るい色が採用されており、次世代の内航船として大きな印象を与えてくれます。

濃淡のピンクやイエローカラーで効果的に塗装された船上デッキ

乗船体験では船内のブリッジ、推進器室、バッテリー室、機関室、居住スペースが公開されました。なお係留中のためEVエンジンは停止した状態での乗船となりました。

中央の船橋から内部を見学できた

船内に入ると、一般的な船の内部で感じられる「油」の匂いが感じられません。またブリッジは開放的でかなり近代的です。中央の操縦席に座り、左右のジョイスティックなどを操って船を操作することができます。計器類もすべてディスプレイ表示であり「船を操舵している場所」という感じはしませんでした。

近代的なブリッジ

船の操作は360度回転するプロペラの「アジマススラスター」で前後左右へ進行させ、また船を横に動かすプロペラの「サイドスラスター」も備えます。ブリッジの椅子の横手にはジョイスティックがあり前後左右の動きも片手で操作可能。まるでゲーム機を動かすように船をコントロールすることができます。

片手でコントローラーを動かすだけで船の動きをコントロールできる

メインモニターには船内の電気系統図が表示されます。中央上の「~」の白いアイコンが発電機で、係留中のため船内システムとは断線されており電気のラインは白くなっています。また画面の左右それぞれにある緑色のアイコン(20℃の表記)がリチウムイオンバッテリーで、残量などが数字で表示されています。なおバッテリーの充電時間は約9時間。夕方港に戻り、翌朝までには充電が完了します。ちなみに従来の内燃機関を使う船舶の場合は、エンジン始動の準備に1時間程度かかりましたが、EVの場合はそれも不要となり、すぐに始動することが可能。さらに災害の発生時には船内のバッテリーを非常用電源とし、避難所などに電力供給することも可能だそうです。

メインディスプレイの電気系統図

さて「あさひ」はタンカーであり船内への重油の搭載などの「荷役作業」を行うための、荷役制御室も備えます。荷役は全自動荷役で行えますが、「あさひ」には防爆型のWindowsタブレットも搭載されています。このタブレットを船上に持ち出せば、現場近くから重油ポンプの操作や荷役ラインのバルブ操作、液面管理などをタブレット画面で監視することも可能です。

防爆型タブレットを監視室から持ち出し、船上で操作管理を行える

こちらは「あさひ」の機関室。船内にいることを忘れてしまうかのようです。なお主発電機はヤンマー製とのこと。

そして居住空間もまるで家にいるかのようにリラックスできる設計となっています。休憩エリアの天井は吹き抜けで開放感があり、キッチン用に大型冷蔵庫も搭載されています。船内にはWi-Fiも飛んでおり船員が休憩時間に自分のスマートフォンを使うこともできます。また洗濯室も備え、洗濯機や乾燥機もあるなど、電気で動く船舶だけに電気製品の搭載の自由度も高まっているわけです。

解放感ある居住室

船員の居住室にはベッドや机が配置され、机の上にはTV、その下には個人用の小型冷蔵庫も。プライバシーも十分守られます。近年は内航船の乗員のなり手が減っているとのことですが、「あさひ」の船内環境はちょっとしたビジネスホテルと変わらないかもしれません。

ビジネスホテルの一室のような船員室

さて今回の係留展示に際し、ソフトバンクは「あさひ」のブリッジにの船の上に次世代低軌道衛星通信「OneWeb」のアンテナのモックアップを展示しました。

矢印部分にOneWebのアンテナモックを搭載

OneWebは低軌道衛星648基を使って全世界をカバーする衛星通信で、通信速度は最大下り195Mbps、上り32Mbpsという地上でのブロードバンドに近い通信速度を提供します。なおこの速度はパラボラアンテナを使った時のもの。「あさひ」に搭載された平型タイプのアンテナの場合は下り78Mpbs、上り6Mpbsとなります。現在内航船は地上からの4G LTEや5G NRの電波を拾うことができるものの、陸地からある程度離れると電波を拾うことができません。また海外の港へ出る外航船は航行中の大半の時間、ネットワーク接続を利用できなくなります。

OneWebの平型アンテナ。船舶への搭載も容易

OneWebならば地球全域をカバーするため、海上のどのエリアでもネットワーク接続が可能になります。船舶のネットワーク接続対応は海運・物流の効率化につながりますが、船員の福利厚生として地上と変わらぬスマートフォン利用環境を提供する用途としてのニーズも高まっているとのこと。OneWebは2023年ころにサービスが開始される予定です。

完全に電気だけで航行できる「あさひ」と海上のどのエリアでもインターネット接続環境を提供する「OneWeb」の組み合わせは、船舶での作業や居住体験を大きく変えるものになると実感することができた体験乗船でした。

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山根康宏/Yasuhiro YAMANE

香港在住の携帯電話研究家。スマートフォンを中心にIoT、スマートシティー、プロダクトデザインなどターゲット範囲は広い。年の大半を海外取材に費やしており、モビリティーの進化を日々体感している。

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